Better Days!!

アラフォーサラリーマンのよもやまばなし

全然飲み会が楽しくなかった理由について考えてみた

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アラフォーおじさんの健太です。
年の瀬。明日はいよいよ大晦日。
皆さんにとって今年はどんな年だったでしょうか。
 
わたしは無事、公私ともに大きなトラブルもなく1年を終えようとしています。
支えてくださった皆様。そして当ブログを読んでくださった方々に感謝しています。
ありがとうございました!
 
先日、入社以来とてもお世話になっていた先輩が定年を迎え勇退しました。
 
そこでささやかながら送別会ということで、気の合う同僚と合計4人で先輩を囲んで飲んだのです。
その先輩はとてもシャイで人見知りをする方。
なので一見社交的ではありませんが、気があった人とは深く付き合いするようなタイプ。
自分はそんな先輩の仕事ぶりを尊敬していたので、久しぶりに飲んで「ワイワイガヤ」と話が出来ることを非常に楽しみにしていたんです。
 
 

昔話に花を咲かせるのは良いが

 
そんなとても楽しみにしていた飲み会。
でも「全然楽しくなかった」。
というよりむしろ、「行かなければ良かった」とさえ思った。
なんか精神的にもかなり疲れましたし。
 
なぜなら、わたしを除く3人が全員仕事の昔話に花を咲かせて飲み会の間中、話題は終始それだけだったから。
 
勿論、自分だって辛かったこと、楽しかったこと含めて昔経験したことに思いを馳せて「こんな事もあったよね」とその時の仲間とともに懐かしむことはあります。
 
それはそれで楽しいことは否定しない。
 
楽しくなかった飲み会では話題が昔話「のみ」だったから、面白くなかったし精神的に疲れてしまったのです。
 
昔話で盛り上がるのは大いに良い。
でも、「昔話」は所詮「昔話」。
話している時は懐かしさやその時仲間と共に味わった連帯感等で楽しい気分になって盛り上がる。
でも、話題が尽きてしまったらなんとも言えない「虚しさ」が残ることが昔話にはありませんか。
 
話が終わった途端、「現実」に戻され、なんともやりきれない気持ちになるような…。
 
昔話をしていても、それに終始していては精神的に良くない。
 
なぜなら、昔話だけをしていたら、「今につながる展望が語られない」
つまり、「今を、そしてこれからどうしていこう」という建設的な話題にならない。
だから、精神的に疲れてしまうんですね。
 
昔話をするのは全然OK。
ですが、昔話をした上で、「昔はこんな苦労をみんなでした」だから、「今ある問題問題もきっと解決できるよね」とか
 
「昔はこんなこと簡単に出来たけれど、今は出来ない」けれども、「今だからこそでできることもある」
なによりも「自分たちは過去苦労してきた経験があるのだからそれを今に活かせるはずだ」
 
といった具合に、「昔→今」に繋がった昔話であれば、現在目の前にある仕事に昔話を活かすことができるし、もし、部下や後輩のような年下が同席していたとしても参考にしてもらえる。
 
「昔は〇〇だった。」「昔は良かった。」と言ってもなにも始まらない。
当たり前ですが、昔はもう戻ってこないのだから。
 
楽しみにしていた先輩との飲み会。
思いの外楽しくなかった。
「その原因が一体何なのか?」
 
考えてしまった本日なのでした。
 
 
それでは皆様良いお年をお迎えください。
 
したけっけね。