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わたしの身長コンプレックスを消した大島渚さんの一言とは?


 

美容整形人口は増えてきているが 

最近では、「Yes!高須クリニック」のCMで有名な高須クリニック医院長、高須克哉さん。

 

バラエティ番組にも引っ張りだこ。

 

著作出版や討論番組での活躍もされ今や有名タレントを凌ぐ存在感です。

 

高須医院長の気さくで陽気なキャラクターが世に出ることで、

ある種「おどろおどろしさ」があった美容整形が明るいイメージに転換されたこと。

プラス、近年の美容意識の高まりもあって、大学進学や就職を機に美容整形を行う人々が日本でも増えてきていますよね。

 

日本人の「親にもらった体を傷をつけてはいけない」という倫理観も手伝っているのでしょうか?

 

「美容整形先進国」と言わている隣国、韓国に比べるとまだまだ整形を行う人は少ないかもしれませんが

ほんの少し前まではタブーと言われていた「タトゥー」が若い方を中心に入れている人が増えていることから考えても、「親にもらった...。」の意識が薄れてきていることは間違いないと思います。

 

美容整形論争に一石を投じた大島監督の考えとは

戦場のメリークリスマス」の監督で有名な故大島渚さんが生きていたころ、

20年以上まえだったでしょうか。

 

「美容整形は善か非か。」を討論する番組に大島さんがコメンテーターとして出演していました。

 

番組には、

「小さいころから顔にコンプレックスがあり暗い性格だった。」

「でも美容整形をしたら、長年のコンプレックスから解消された。」

「性格も社交的になり、人から見られる目も変わった」

「本当に美容整形をしてよかった。したことは全然後悔していません。」

と語る20代前半の若い女性。

 

それに対して、

「それは良かった!」

「やっぱり、体を傷つける行為は反対!!」

と賛否両論が入り乱れる中、

 

大島監督は、終始

 

「体を傷つける。つけないことは問題ではない!」

美容外科手術を行う医師や我々世間一般が、

 

「美しい目は一重より二重。」

「鼻は高いほうがカッコイイ。」

などなど、

「美の基準を固定する思想が極めて危険なことなのだ!!」

と。

孤軍力説していたことを深く記憶しています。

 

監督ありがとうございます。

 

なぜ、そのことをわたしが深く記憶していたのか。

 

わたしはアラフォー世代の男性ですが、身長が160㎝代前半と男性としてはかなり小柄です。

 

チビなのは、やっぱり私にとって非常にコンプレックスで

「背の高い人はいいなぁ。」

「自分もそうなりたい!」

「でも親が小さいから仕方ないな。」

「背が高くなれば女性にもモテてさぞ人生たのしいだろうなぁ!!」 

いつも自分の背丈を気にしていたのです。

 

身長コンプレックスが消えた訳

 

そんな時に、大島渚さんの発言

 

それを聞き、わたしは、「ハッ!」と気づかされました。

 

「世間では背は高いほうがいいといっている。」

「でも、それはその時の社会が決めたことで絶対的なものでも何でもない。」

「べつにそんなに気にする必要なんてないんだ!」

と。

 

それ以来、

私の身長コンプレックスはかなり軽減され、現在に至っています。

 

そうなんです...。

 

そもそも、江戸時代に生まれていたならば、わたしは現代のミスチル桜井さんの身長と同じなのです。

(結構、背が高いのかなと思っていても、実は170㎝と日本人男子の平均的身長です。)

 

音楽・ロック好きのわたしが憧れる、ローリング・ストーンズのボーカル ミック・ジャガー氏も、イギリス人としては小柄な173㎝です。

 

わたしの背が低いといっても、北米・ヨーロッパ大陸の白人・黒人や現代の日本人男子平均身長の中で考えると、低いだけで。

 

そもそも、南半球のミクロネシアでは、165㎝もあったら「おまえ。でけーな」と珍しものみたさに人が集まってくるような国もあるようです。

 

 

「目が大きい、小さい」

「背が高い、低い」

「鼻が高い・低い」等、

 

そんなことは、どれが優れている・劣っているとは決められないし、

仮にその時と時代要請によって、「目が大きいほうが美人かな」と暗黙の了解があったとしても、それはいと簡単に変わってしまうものです。

 

事実、江戸時代に描かれた美人画は、現代であれば整形しようとする代表例である一重瞼の女性がほとんどです。

 

江戸時代、美容外科があったならば、

佐々木希さんが「あのぅ。一重にしてくれませんか。」

と来院していたかもしれないのです。

 

美醜の基準なんて本来はない、時々で世間が勝手に決めつけるもの

 

大島監督が言いたかったこと。

 

それは、

美醜の判断を決めてしまうことは、

それで苦しんでいる人々を苦しめるばかりか、

世の中の様々な偏見、差別を生んでしまう。

 

そのような考えが、様々な人種差別や戦争などの悲劇を生み出してきた。

 

だから、その危険性を知って、それに囚われる世界から自由になろう。

 

おそらく、そうゆうことだったと思います。

 

 

そういえば、代表作の「戦場のメリークリスマス」も

黄色人の日本軍兵士と捕虜にされた白人のイギリス軍兵士

 

当初、敵対しつつも徐々にその垣根を超えて友情を生んでいくストーリーでした。

 

人種・立場なんて、状況によって変わる。

どちらが、良いのか悪いのかなんてことも変わる。

 

それよりも大切なことや感情が人間にはあるのだ!

 

大島監督はそれを伝えたくて映画を作ったような気がします。

 

美容整形の発言と同じスタンスですよね。

 

監督は生涯、そのことを我々に伝えたかったのだと思います。

 

 

あなたは、どう思われますか。